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  『鶏冠石の変質に及ぼす光放射強度の影響』 
  〜地球に降り注ぐ太陽光による鉱物の光化学反応〜

<はじめに>
 深赤色を示す鶏冠石(As4S4)は、500〜650nmの可視光を受光すると黄色に変化し、鶏冠石からχ相を経てパラ鶏冠石(As4S4)に相転移します(Douglass et al. 1992)。しかし、Douglass et al. (1992)は、受光しても未変質な鶏冠石について3つの例を指摘しています。彼らによれば、@チリのPampa Larga鉱山のズリ場に見られる鶏冠石は、少なくとも20年間太陽光にさらされているにもかかわらず未変質。A鉱山から採集した鶏冠石は、直射日光を受けても未変質。B一ヶ月間、実験室の蛍光灯の下に鶏冠石をさらしておいても未変質。以上の3つです。したがって、鶏冠石にはある可視光領域の光を受けても、一定の強度以下の光では光変質が起こらない臨界点が存在している可能性が示唆されます。かつてBonazzi et al. (1996)は、鶏冠石に700W/m2の強度の光を照射し、7時間後にχ相へ相転移することを確認しました。また、Bullen et al. (2003)は、100W/m2の光を照射して、24時間後にパラ鶏冠石に相転移することを確認しています。このように、鶏冠石に照射する光の放射強度と、鶏冠石に相転移が発生する時間の関係には、ある相関が存在していると考えられます。しかし、これまでこれについての系統的な実験は行われていませんでした。
 そこで本研究では、鶏冠石に照射する光の放射強度を変化させ、単結晶XRDを用いて単位格子を測定し、その結果から鶏冠石の変質に及ぼす光放射強度の影響とその結晶構造の変化について考察を行いました。


<実験方法>
 試料は、ネバダ州ゲッチェル鉱山産の鶏冠石を用いました。粉末X線回折測定によって、試料は純粋な鶏冠石であることが判明しています。また、本試料は初期段階での光変質物質も確認されていません。格子定数の測定は、単結晶四軸X線回折装置(Enfaf-Nonius CAD-4)を使用し、20〜30°/2θの範囲内の反射25個を用いて行いました。測定の際は、Kyono et al. (2005)の実験方法と同様に、光変質を避けるため回折装置全体を完全に暗幕で覆っています。光源には、石英-タングステン-ハロゲンランプ(Philips)を用いて、350〜800nmの可視光線を照射し、照射する光強度は、30W/m2、10W/m2、5W/m2の3種類で測定しました。照射光源の放射強度の測定は、分光放射計(EKO INSTRUMENTS Spectroradiometer MS-720)を用いて行い、一定時間の光照射を開始する直前に毎回測定を行いました。結晶性喪失の目安としては、格子定数の測定を行う際に使用している25個の反射が、光変質が進行することで回折強度が減少し、検出可能な反射が20個を切った段階で測定終了としました。


<結果と考察>
 鶏冠石は、相転移の過程で、一時的にAs4S5分子構造を形成してパラ鶏冠石に変化します(Kyono et al. 2005)。その場合、鶏冠石の単位格子は、b軸方向はほとんど一定を保ち、a軸、csinβ方向に単位格子が伸長し、体積を増加させます(Bonazzi et al. 1996)。この時、As4S5分子が形成されることで単位格子のa軸方向が伸長するメカニズムは、鶏冠石の単位格子内に充填しているAs4S4分子の並び方からもうまく説明ができます。
 以下に、光照射強度30、10、5W/m2ごとの回折強度の時間変化を示します。光照射強度が30W/m2のときは52時間後10W/m2のときには、264時間(11日)後5W/m2のときには636時間(26.5日)後に鶏冠石の結晶性が失われました(図1)。


   図1. 261反射(2θ/MoKα = 22.00o)の回折強度変化。記号は、a=が30W/m2、b=が10W/m2、c=が5W/m2



 Douglass et al. (1992)が述べた、一ヶ月間、実験室の蛍光灯の下に鶏冠石をさらしておいても光変質しない現象については、一般的な室内の蛍光灯については、その光放射強度は1W/m2以下であることを考慮すれば、それは当然の結果であると言えます。次に、鶏冠石の単位格子パラメーターの変化を示します(図2-5)。



      図2. それぞれの光放射強度ごとのa軸の時間変化




      図3. それぞれの光放射強度ごとのβ角の時間変化




      図4. それぞれの光放射強度ごとの単位格子体積の時間変化



 鶏冠石の単位格子の変化は、Bonazzi et al. (1996)の実験の結果と一致して、光放射強度の変化に対しても、b軸方向はほとんど一定を保ち、a軸、csinβ方向に単位格子が伸長し、体積は増加していました。しかしながら、a軸の変化については放射強度の変化に伴う時間依存性も非常に顕著でしたが(図2)、csinβの値はそれほど顕著ではありませんでした。c軸とβ角の変化の結果から判断すると、光放射強度の変化に対しては、c軸の変化よりも、βの角度変化の方が光化学反応に対して敏感(図3)であると言えます。また、光の強度が10W/m2以下の光の場合には、48時間連続で照射されても、直ちに相転移が起こることはないことが判明しました(図4)。つまり、室内の蛍光灯の下や屋外の日陰のような場所では鶏冠石の光変質は容易に起こりえないという結果が得られました。また、本実験の結果、数分や数十分という短時間の光の受光であれば、例え夏季の直射日光の下にさらされた場合でも、その直後に相転移が発生する可能性は極めて低いことが明らかになりました。
 しかしながら、Douglass et al. (1992)が指摘している、チリのPampa Larga鉱山のズリ場に存在する20年間太陽光の下にさらされても光変質を受けていない鶏冠石については、その原因について、本研究からは明確な答えを得ることは出来ませんでした。しかし、一般的な鶏冠石に、ある一定の強度を持った可視光線が照射されていたとすれば、鶏冠石には必ず光変質が起こるはずなので、Douglass et al. (1992)が指摘した鉱物は、おそらく鶏冠石のα-phaseではなかった可能性が高いと考えられます。


謝辞: 本研究は、財団法人実吉奨学会研究助成金による援助を受けて行われています。



詳しく知るには:

・ Atsushi Kyono: Experimental study of the effect of light intensity on arsenic sulfide (As4S4) alteration. Journal of Photochemistry and Photobiology A: Chemistry, in press.




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